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大阪高等裁判所 昭和47年(う)926号 判決 1973年8月23日

本店所在地

東京都港区赤坂二丁目一四番六号

近畿観光株式会社

右代表者代表取締役

小浪義明

本籍並びに住居

東京都千代田区三番町九番地一

会社役員

小浪義明

明治四三年八月一三日生

右の者らに対する法人税法違反被告事件について、昭和四七年四月二八日神戸地方裁判所が言渡した判決に対し、被告人らおよび原審弁護人栗坂諭から各控訴の申立があったので、当裁判所は次のとおり判決する。

検察官 碩巖 出席

主文

本件各控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人近畿観光株式会社と被告人小浪義明との連帯負担とする。

理由

本件各控訴り趣意は、弁護人栗坂諭作成の控訴趣意書記載のとおりである(なお、その第二点は事実誤認を主張するのではなく、第三点重刑不当の事情の主張である旨釈明した)から、これを引用する。

控訴趣意第一点、事実誤認の主張について。

諭旨は、要するに、本件法人税の逋脱行為をしたのは被告人近畿観光株式会社(以下被告会社という)の常務取締役佐山恭一、取締役山本垣の両名であって、

代表取締役である被告人小浪義明は逋脱行為はもちろん、その犯意もないのにかかわらず、これを認定したのは事実誤認であるというのであるが、所諭にかんがみ記録を精査し、当審における事実取調の結果をも参酌して案ずるに、原判決挙示の証拠、就中、被告人小浪義明の検察官に対する供述調書(三通)、原審第八回、第九回各公判調書中証人佐山恭一の供述記載、同人の検察官に対する昭和四二年六月七日付供述調書によると、被告人小浪義明が本件介逋脱行為をしたことを優に認めることができる。すなわち、右証拠によると、同被告人は昭和三九年六月三〇日の被告会社の法人税確定申告当時、同年四月三〇日までの営業年度における被告会社の売上はキャバレー「新世紀」および「国際トルコセンター」において約六億五、〇〇〇万円、キャバレー「クラウン」および洋酒喫茶「憩」において約五億四、〇〇〇万円、合計約一二億円ないし一三億円、純益は七、八分位とみて少なくとも八、四〇〇万円と把握していたところ(実際に所得額として認定されたのは、これに近い原判示七、九七七万余円である)、被告人小浪義明は被告会社の法人税確定申告手続を担当していた常務取締役佐山恭一から同年度の申告書に記載する所得額三、三七八万六八三一円とするについての概略の説明を受け、実際の所得額とは大差があることを知りながらこれを承認し、同被告人名義の右確定申告書を所轄神戸税務署長に対し提出させ、次いで昭和四〇年六月三〇日の確定申告に際しては、同年四月三〇日までの年度売上および純益は前年度より若干増加したと考えており(実際に所得額として認定されたのは原判示一億一、二二五万余円である)、前示佐山から同年度の申告書に記載する所得額六、七八九万一、三二〇円とするについての概略の説明を聞き、前年度同様実際の所得額より過少であることを知りながらこれを承認して前同様その旨記載した確定申告書を前記神戸税務署長に提出させたことが認められる。被告人小浪義明が原審および当審公判廷において、虚偽の本件確定申告をしたことは知らなかった旨の供述はたやすく措信できない。同被告人の各逋脱行為を認定した原判決の判断は相当である。原判決は所論のように会社に架空人名簿の預金口座があることを同被告人が知っていたことから直ちに逋脱の犯意ありと認定し、あるいは同被告人が代表取締役であることからたやすく経営責任が行為者としての刑事責任と表裏一体の関係ありとしたものとは認められない。その他諸論の諸点を検討しても、原判決に事実誤認はない。

論旨は理由がない。

控訴趣意第二、第三点、量刑不当の主張について。

論旨は、被告会社につき量刑不当を主張するのであるが、所論にかんがみ記録を精査し、当審における事実取調の結果をも参酌して案ずるに、被告会社は、その代表取締役である被告人小浪義明ほか関係役員らが一体となって、昭和三九年および翌四〇年の両年度にわたり、会社の諸帳簿や決算書類および確定申告書の作成にあたり売上の一部を計上せず、架空の経費を計上するなどの方法で計画的に所得の約四〇%あるいは六〇%近くを秘匿し、合計約三三八九万円にのぼる法人税を 脱したもので、その刑事責任はこれを軽視することができない。被告会社は被告人小浪義明のいわゆるワンマン会社であるため、かねて社長の個人的支出と会社の支出の混同があり、これが本件発生の一因となったこと、本件逋脱により刑事上の処罰のほか加算税の納付義務を負うことなど所論の諸点を検討しても、被告会社を罰金一、〇〇〇万円に処した原判決の刑が重過ぎるとは考えられない。

論旨は理由がない。

よって、刑事訴訟法三九六条、一八一条一項本文、一八二条により主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 杉田亮造 裁判官 矢島好信 裁判官 加藤光康)

右は謄本である。

昭和四八年八月三〇日

大阪高等裁判所第一刑事部

裁判所書記官 浜田隆輝

昭和四七年(う)第九二六号

控訴趣意書

被告人 近幾観光株式会社

〃 小浪義明

右の者らに対する法人税法違反被告事件の控訴趣意を左のとおり陳述します。

昭和四七年九月二六日

右弁護人 栗坂諭

大阪高等裁判所第一刑事部 御中

第一、原判決は被告人小浪義明の行為者責任について事実誤認がある。

一、本件の法人税ほ脱犯について被告人小浪義明が、「被告会社の代表取締役の地位にあって、同会社の業務全般を統括掌理しているもの」であり、右会社の業務に関して、「法人税を免れようと企て」たとして、行為者としての責任を負わしめんとしたのは誤りである。すなわち、本件は国税局査察官らの予断と杜撰な調査に基いて、開係者の推測的供述を質問顛末書で積み重ね、査察官の創作と独断に基いたものを関係者に押しつけて、供述の内容として被告人を行為者責任としたものである。

この点について、原審の第六回公判期日における広原芳弘と坂東覚の供述を些細に検討すれば明らかである広原芳弘は、

社長が行為者という認定はどういうところでしたのか。

経験豊富な坂東、片山と相談して調査結果より判断しました。

調査結果というのは従業員の供述か。

社長、山本専務、佐山常務、古川かずえの質問顛末書です。

小浪は行為者たることを認めたか。

その点は坂東に聞いて下さい。

と述べ、坂東覚は、

小浪社長個人を行為者とした根拠は何か。

売上収入除外、架空経費計上の事実があったので、社長を調べると本人も認めたのです。

共謀として認めたのか、又は実際の手足の役もしていたと認めたのか。

山本、佐山らが社長の手足とみました。

一般に、社長が指令、命令を出す場合と、下役の者が気をきかせてやり、上もうすうす知っている場合とあるが、本件はどうか。

後者と思います。

社長は当初から知っているというのか。

手段は山本、佐山が考え、事後に社長が知ったものです。

事後というのは、法人税申告時より前か後か。

前です。

では、申告時には、社長はそれらを認識していたというのか。

そうです。

社長本人の自供はその程度の自供だったか。

はい。

本当の申告額との差とか、社長の知っていた限度はどうだったか。

簿外現金の設定は、開設時は知らなかったが、そのあと入金、出金の説明、報告をうけたと言っておりました。

社長がそれらを知ったのは申告の前ということは、どういう根拠でか。

架空預金の出入金は年度内の期間中ですし、その間に説明を受けたといっているので、申告時より前に知っていたということです。

その金の出入りは、会社の経費になっているのもあるか。

入金については売上の除外があり、出金については社長の個人勘定に出たとか、個人的経費が多いです出入りは、社長の命令でなく、常務らがやっていたのではないのか。

社長が、金をもってこいと言ったのもあり、社長の病院の費用に使ったのもあります。

その際、社長は簿外現金の金を、と指示しているか。

山本常務が領収書を見せて、普通預金から出したと説明したといい、社長もその旨述べておりました。

それと脱税との関係はどうなるのか。

売上げ除外、経費水増し等を簿外預金に入れ、これを病院費等社長の個人費用に使えば脱税ありとします。

しかし、それは結果であって、金を出す時点ではどうなのか。

簿外預金に入っているので、その時点で脱税です。

申告までに帳尻を合わせればよいのではないのか。

そうです。

どうしてそういう事をしたか質問してみたか。

計画的にやったのでなく、必要にせまられてやったといっておりました。

小浪社長は数字に弱い人か。

大まかな人といえます。

山本、佐山を行為者として疑いをかけたのか。

始めから参考人として調べました。

小浪社長は、査察後に脱税を知ったと始めは言っていたのではないか。

最後には、税金が低くなるという事は知っていたと言いました。

簿外預金の方はどうか

記憶あると思っていました。

裏帳のことはどうか。

二重帳はつくってないと言っていました。

各取引銀行がどこかは知っているか。

知っています。

当時、キヤバレー協会については融資のわくを認めてなかったのではないのか。

よく知りません。銀行全般ではなかったと思いますが、兵庫相互銀行では融資わくは固定していたと思います。

だから、他に預金してそのみかえりで金をかりるということがあるのではないのか。

普通預金だけでは、その対象にならんと思います。

主力銀行がある時、他の銀行に預金しているのをみつかると制裁があるのを知っているか。

わかりません。

そのため、経済上の必要があって、他の銀行を利用する時には、自分の会社名を出さないという慣行のあることは知らないか。

慣行ということ・・・・

簿外預金即脱税というのは証人らの考えか。

簿外預金は不正というのは常識です。

本件では簿外預金の行方の追求はしているか。

していると思います。

会社の支出をし、会社の帳簿についているのもあるのではないのか。

パーテイ券についてはありました。その分については後で本勘定にするといいますので、この分は脱税分より引いております。

と述べているのであるが、この坂東の供述で、

1 査察官らに犯意についての基本的認識に欠けていること。

2 簿外預金についての被告人の認識のなかったこと。

3 結果責任と犯意とを混同し、簿外預金に入った時点で脱税ありとする非論理的結論を出したこと。

4 実際の行為者らを参考人として、当初から被告人に狙いをつけていたこと。

等の点については、極めて重要な誤りを犯していることを明らかにしたにも拘らず、原裁判所はこれらの点を看過しているのである。

二、次に、原判決が査察官らの簿外預金即ほ脱手段と認定していることを容認したのは、取引の実態を知らぬための誤りを犯しているものである。

すなわち、一般に事業体は主力取引銀行以外の銀行に対して、将来の融資上の便宣を見込んで架空名義で預金することは、一般取引界の慣行として広く行なわれているところであり、査察官の云うが如き法人税ほ脱の目的のみで、斯る操作をしているものではない。

けだし、被告会社においても主力取引銀行たる兵庫相互銀行には膨大な借財があり、被告会社名義の銀行預金を他銀行に預金することは、発覚した際に不都合があり、又キャバレー業界としては銀行融資は不遇されていた業種であづたが、資金需要は旺盛であり、他の銀行よりも融資を受ける必要性が存していたので、斯る架空名義預金をしたのであって、一概にほ脱の不正手段と云うには当らないのである。

又、このような簿外預金をした時期にほ脱犯の成立を認めるが如きは、査察官が犯罪の既遂未遂の観念も明らかでなかった法律的素養の未熟さに由来したものであって、これを原判決は看過しているのである。

けだし、一たび簿外預金となった資金も、小浪被告人に伝票で支出され、又は会社会計に返し戻されているのであって、この預金が結果的には被告会社に還元されているのであるから、ほ脱犯の本質となる作為又は不正はなく、且つ犯罪性としての秘匿性も欠如しているのであって、かゝる公然たる預金がたまたま架人名義であったと云う一事のみをもって犯罪視することは許されないものと思料する。

三、被告人も第一七回公判期日において弁解しているところは、原判決では証拠の標目として掲げているところであるが、むしろ消極的に、

1 本件ほ脱行為は佐山、山本両名の独断で行なわれたこと。

2 社長としての給料の支給を受けていなかったので、それ相当の金を支出して、税務上処理されていたと思っていたこと。

3 被告人が費消した金員は、経費として計上すべきところ、担当者に怠慢があったこと。

4 別途預金のことについては査察されるまで知らなかったこと。

5 クリスマス・パーテイ券、トルコの売上除外、ビールの売上除外等は被告人は不知であったこと。

6 家事関連費も査察官の一方的押しつけで、ほ脱額に算入されたこと。

7 被告人は社長としての道義的責任と公私混同の態度については反省しているが、これが刑事責任にすり替えられてはならないこと。

等についての訴えであり、これは正論であると思われるのに拘らず、原判決は採証の原則を誤っているのである。

又、その物的証拠として本件法人税額確定申告書の社長名押印も被告人の手によっていない事実が証明されたに拘らず、原審においては、これらの点について何らの顧慮されることなく、被告人に対して有罪の判決を言渡したのである。

従って、当審においては再度広原芳弘、坂東覚の両名を喚問され、原審公判廷においての供述の極めて曖味な点について、被告人の無責なる事実を確定するようにされたい。

四、更に右両名によって、法人の代表者の業務全般を統括掌理している経営責任が必然的に刑事責任に表裏一体と誤解しており、この誤りをそのまま原判決が踏襲して、被告人を有罪とした事情を明らかにすると共に、被告人が被告会社の業務に関してなした行為がいわゆる厳格な証明によらずして、恣意に調定された点を証明する機会を与えられたい。

すなわち、原判決は被告人の単独犯として被告人に不正な方法によりほ脱したと認めているのであるが、このような被告人の具体的事実は証拠によっても認められないところであり、又、被告人が実際担当した偽りその他不正な行為は何もないのである。

本件ほ脱犯の行為者は本人らも認めているように、佐山恭一と山本坦の二名であるが、被告人がこれらの者と共謀した事実も証明不十分であり、原判決はこの点について事実を誤認しているのである。

五、次に、被告人に犯意があったかについて消極であることゝは次の如くである。

すなわち、小浪社長の国税局査察官並びに検察官に対する質問顛末書、供述調書、公判廷における弁護人の尋問を検討することとする。

(イ)犯罪構成要件として犯意(動機、認識、知情行為等)があったかについて。

一、被告人は会社経営上の営業根拠となる経理事務部門に対する観念が薄弱にして、各部課長まかせの時点において今回の事犯をみたのであるが、これらの点を検討するなれば、国税局査察の経過、被告人は結論に対し法に触れるという重大さに反省の点を認識し、言逃れによって罪を隠蔽する等の考えは毛頭なく、むしろ積極的協力行動に出る等不正行為との因果関係はなかったことが明らかである。

二、事犯の経過と各参考人の質問顛末書と供述調書の内容からも被告人の犯意は否定される。

被告不知の間に、経理、会計担当の部課長であった佐山恭一、山本坦、古川寿恵、谷収らが共謀の上、自已の地位を利用し、売上除外、架空費計上、雑収入等の除外又は簿外預金等の工作を発案し、これを実施したものであることは明らかである。以下各参考人の捜査過程における供述を抜粋すれば次のとおりであり、何れも被告人の刑事責任を認定すべき内容がないのに拘らず、これらを基礎として起訴した検察官の判断の誤りが明らかであると思料する。

すなわち、

(一)佐山恭一の供述

(1)昭和四六年六月七日付検面調書

昭和三八年から昭和四一年一二月頃迄の試算表の検討、決算税申告、日常の経理という全般の責任監督を行っていた。二回の申告報告は会社がどのように会計処理しているか、小浪社長はしらない。

又これらの関係書類の社長としての署名、押印、自署は私(佐山)、山本坦、古川寿恵、谷収でしていた。小浪社長は内容はよく見ていない。報告もメモ又は口頭でしていた。クリスマスパーテイ券については社長はどのように合計処理しているか知らない。

(2)昭和四二年六月八日付検面調書

かくし簿外預金に必要があるので、山本坦に対して簿外にして社長に金を渡すようにしたらどうやと相談した。

ビールリベートは三七年頃からはじめたもので、差引額で買入れた。この分を社長名義口座にして、かくし簿外にする必要があるので山本坦に命じた。

(3)昭和四二年六月一五日付検面調書

ホステス給料架空計上を山本坦に教えてやった。アオイストアー・スズヤ宝飾の分は社用の区別不明分が混っている。

(4)昭和四二年四月一二日付大蔵事務官坂東覚に対する質問顛末書

<1>クリスマスパーティ券、売上除外額の計算方法、その処理。

<2>ホステスの給料水増計上。

<3>ミカドのクリスマスパーティ券の売上除外の件。

<4>法人税申告書作成及び提出経過。

等私の指示、作成提出は私の責任においては山本坦、古川寿恵、瀬戸山、天野等に作成させ、私が代表欄に署名。ゴム印を押印し、期間内に瀬戸山が所轄税務署に提出せしめた。

とあり、原審法廷においては、より明解直載に被告人に犯意も共謀の事実もなかったことを証明しているのである。

(二)山本坦の昭和四二年六月一二日付検面調書

昭和三八年以来会計経理担当部課長をしている私の発案で、佐山恭一と相談の上、経費架上並びに売上除外簿外預金等したもので、小浪社長は具体的方法については全く知らない。

法人税申告の所得が正当でないことは私らは知っていた旨の供述がある。

(三)古川寿恵の昭和四二年六月一三日付検面調書

上司は山本坦である。簿外預金については小浪社長の指示はなく、佐山恭一、山本坦、私らと共に独断で続けたものである。社長は東京ミカド進出以来伝票等は殆んどみていない。預金は山本坦が担当していた。随つて、印鑑通帳等は同人が預っていて処理していた。

と夫々供述しているところであり、これらを総合すれば被告人に刑事責任が存在しないことは明らかであると 料する。

第二、被告会社のほ脱額について原判決は事実誤認がある。

国税局査察部は当初被告人の東京ミカドの高額な買収資金が、ほ脱によって賄われたてあろうと、想像を逞うした邪推に基づき本件調査に着手したのであることは明らかである。

それは昭和四一年一二月一二日と一三日の二日に亘り、東京ミカドの前経営者山田泰吉の取調べの中心が被告人のほ脱に焦点が当てられていることよりしても、又同人の妻山田みどりを寝室にまで赴いて、五年前より就床している同女に、「東京ミカドに入るために小浪は五万円か六万円を出しているということも聞きました」と全く出鱈目な推測を述べさせているのであるが(原審検察官請求証拠目録請求番号四九、五〇、五一)、遺憾ながら国税局の狙いは完全に外れたが、この種業界では未曾有の査察規模によって着手したため社会的体面と被告会社に対する今後の徴税上の体裁等から、本来なれば更正決定にとまり、告発の如きは不問に附されるような事案であったのに、社会的反響を考慮して告発したのであることが推測される。このことは前に述べたとおりであり、原審においても主張したのであるが、原審では採用されなかったのである。

この主たる標的が外れたことにより、調査は極めて短日月に、狙い以外のほ脱に手を染め、計算間違いしながらも、時効完成前に告発しなければならなかった内部事情から、極めて不十分な捜査で打切らざるを得なかったのである。

この一事よりしても、本件起訴が如何に合理性を欠くかと云うことと、徴税的行政的見地からの誤りを犯して嫌疑を被告人に科したのである。

しかるに原判決は、酒井祝子の第一六回公判廷の供述の如くで、明らかに本件ほ脱額の認定が誤りであることが証明されたのに拘らず、これを採り上げなかったのであるが、これは弁護人がほ脱額を争わぬとしても実体的真実を探求して、事案の真相を明らかにせんとする態度を放擲したものと非難されなければならないのである。

原審において、いやしくも法人税法違反被告事件として刑事責任を追求する限り、ほ脱額の算定について個個の立証を求めたところ、検察官は昭和四三年三月四日付の証拠説明書に基づいて立証をせんとしたのである。

ところが、右は国税査察官に命じて作成したものであるところ、準備手続において個々の証票によりほ脱額を特定せんとする作業に着手したところ、国税調査官が立証不能に陥った事実がある。

且つほ脱額即小浪被告人の個人費用と認定したのは、刑事訴訟法上の証拠に基づいたのではなくして、徴税上の否認により税法上経費として認めなかった額をすべて計上して、これをほ脱額として認定しているのであり、その不合理な事は同じ趣旨の支出を一方では経費として認容するが如き取引があったのであり、斯様な出鱈目な国税局側の操作に、検察官は全く盲目的に服して、ほ脱額を認定して起訴したがために、二重三重の誤算を被告人側より指摘されて、訴因の変更をした一幕もあったのである。従って、原判決は証拠なくしてほ脱額を認定した違法があると云わざるを得ないのであって、小浪被告人が社長報酬は無償であった事実、このことは第一七回公判において被告人が、「言わば個人会社のようなものですから、私の給料も賞与も出てないので、適当に釣り合う様にしていると思っていました」と述べている通りであり、又、小浪被告人方の光熱費等の必要経費は被告会社負担として経費に計上することは従来よりの慣例でもあり、又当然税法上認容されるべきであるに拘らず、査察の結果、絶法上否認したがために結果的に脱税ありと一方的にいわゆる理詰めで決めつけられたのであって、必ずしも証拠が全部揃っているとはいえず、その不合理なることは明らかであると思科される。

このことは憲法第三十条に違反して、原判決は超法律的に被告会社の納税の義務を科したものと云わざるを得ないのである。

このように、本件についての徴税態度が如何に出鱈目であるかは原審判決と更正決定額の差額を見ても明らかである。

すなわち、昭和三八年五月一日から同三九年四月三〇日までの事業年度において原判決では、

実際所得額・七、九七七万四、一六六円、法人税額・三、〇一六万四、一五八円、更正決定額・九、〇九七万三、三四四円、法人税額・三、六八七万〇、九〇〇円、

となり、次年度においては、原判決では、

実際所得額・一一、二二五万六、一九〇円、法人税額・四、一三五万四、七五七円、更正決定額一二、六九八万六、七〇四円、法人税額・五、〇六四万一、九〇〇円、

と相当な差があることも、同じ事業体に対する税額の認定が査察官の主観的判断によるものであって、合理的な根拠を欠いでいる諭拠となり得るものであると思科する。

そもそも法人税法が刑罰をもってほ脱犯を把握せんとする立法の趣旨は理解できるところであるが、本件の如く税額算定の具体的数字について掌握できないいわゆる水商売と云われているキャバレー営業に対して、個々の伝票を点検して売上額を確定すること自体不可能であり、それを従来の異なる業態の知識をもって律せんとしたこと自体無理があり、本件査察後「風俗営業のほ脱」なる部内通達が国税局内部に流された由であって、あくまで未経験と無知なる捜査上の欠陥が不当に被告会社ならびに被告人に対して不理益な認定を押しつけたものと云わねばならないのである。

第三、量刑不当の主張

原判決は被告会社に対して検察官の求刑通り罰金一、〇〇〇万円に処する旨の言渡しをしているのである。検察官の求刑事態極めて合理性を欠ぐ暖味な思いつき的な求刑であり、租税犯の量刑の一般的基準よりすれば、本件の如きいわゆる結果的なほ脱犯に対しては酷に失しているものと思料されるに拘らず、原判決は無批判的に求刑通りの判決をしたのである。

しかしながら、本件事案については既に加算税として昭和三八年度においては金五九八万七、九〇〇円、翌三九年度においては金六三三万〇、〇五〇円を支払っているのであるから、実質的には金一、二三一万七、九五〇円の罰金的支出をしているのであり、この点を配慮せずして判決がなされたものと思料されるので、有罪を認められるにしても被告会社に対しては当審において罰金刑の減額をされたい。

次に、量刑の基準について考えるに、昭和四七年二月四日付訴因の変更請求書により、検察官は公訴事実について実際所得金額、法人税額および差額を夫々弁護人の主張を容れて減額したのであるが、このような減額は求刑の際に配慮されておらぬ模様であり、当審で争えばほ脱額は更に減額する見通しは十二分にあるところであって、現実には経理事務を改善して、最早再犯のおそれがないのみならず、本件はいわば結果的にほ脱犯となったに過ぎず、ほ脱額を小浪被告人の社長給与又は借入金として支給しておれば簿記上の収支決算が合い、脱税とはならなかった筋合のものであり、実質的には国家の徴税行政上の実害はなかった事案であるに拘らず、一律にほ脱額の三分の一見当の求刑をし、その通りの判決がなされたことは理解し難いところであるから、この点から原判決を破棄されたい。

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